前回の更新から、ずいぶん日が経ってしまってました(^^;
あれから・・・・。
もうだいぶ母の具合も良くなってきたので、そろそろ実家の荷物をまとめて自宅に帰ろうと思いながら、いろいろ心配なこともあり、次の診察が終わるまで、次の診察が終わるまで・・・・と、だんだん延び延びになっていました。
確か、前に更新した日が自宅に戻った日なので、約3か月、帰ってなかったことになります。(服をとりに来たり、ちょこちょこ帰ってはいたのですが)
2012年は、夏から本当に激動の半年でした。
7月には、幼いころからの親友の嫁ぎ先のお義父さんが亡くなりました。
そして、その次の日に母が倒れ、8月にはペースメーカー植え込み手術をしました。
9月には、実家(お店)の2階で下着のサロンをしていて、いつも母の様子をうかがってくれていた方が亡くなりました。
そして、11月には、父方のおばあちゃんが亡くなり、次男の嫁になる母を連れて四日市まで泊りがけで行きました。
そして、同じ日に旦那の伯父さんのおばあさんが亡くなり、親元の長男の嫁としてお手伝いに行きました。
そして、その直後に母が、「血尿が出る」ということで救急で病院に連れていったところ、腎臓結石が見つかりました。
2晩、しんどい思いをして片方の腎臓の石は出たようですが、もう片方の腎臓から出ている尿管にまだ石があるとのことでした。
いつまた石が動くかもしれませんし、「血尿が出る」と電話があったときには、一瞬、「え?また続くのだろうか?」と青ざめました。
仕事しながら、母の介護認定や福祉サービスの申請、福祉用具の取り付け工事などの自立支援のための手続等で何度も業者さんと話し、介護福祉士さんやヘルパーさんたちと相談したり、契約したり、市役所行ったりということが何回もありました。
病院の診察もあります。
幸い、仕事の時間外勤務や休日出勤分がたくさん溜まっていたので、それらを全部、時間休や代休にして、それらに充てています。
まずは「人の死」について、何回も考えさせられる機会がありました。
反対に、新しい命の誕生もありました。
ブラジル人の友達の孫が11月に生まれ、下旬にはお義姉さんの孫も生まれました。
そこへ、本業である国際交流の事業。
そして、副業の餃子のこと。
イベントでの出店も夏から3つもあり、結構大変で、12月に岐阜で出店したときには、元気になりつつある母にも座ってできることは手伝ってもらいました。
こんなバタバタの生活が半年続いていたのですが、22日におばあちゃんの四十九日の法要あるので、それを一つのキリにして帰ろうと思った矢先、土山に向かうときに、自宅にいる娘から電話があり、「ダン(愛犬)死によった・・・」と。
ここ最近かなり弱ってきていて、オムツをしていたダンでしたが、前の日もちゃんとエサだけは食べてたというのに、12月22日の朝方、だれにも最期を見せずにトイレの前で息絶えていたとのことでした。
土山に向かう時で、母を連れていかないといけないので、自宅に戻ることもできず、お昼すぎに法要が終わったら帰るから家の畑に埋めるのは私が帰るまで待って・・・と言ったにもかかわらず、もうお昼前に旦那と娘によって手厚く葬られました。
ヨタヨタと歩く姿が、頭から離れません。
最期、どこか痛かったのかなあ? 何を言いたかったのかなあ?
一人っ子の娘が7歳のときに家にやってきたダン。
優しい、おとなしい、オッサン顔の黒ラブでした。
2012年最後に、大事な大事な家族が亡くなりました。15歳と7か月でした。
ダンちゃん、楽しい思い出と癒しをありがとう・・・・・・・。