
2010年07月14日
赤い車。思い出す「可愛い姿」と「苦い記憶」!?
今頃になってのコメントですが、
2010 FIFAワールド杯、オランダ、残念でした。
オランダに住む姉はロッテのセントラムでたくさんのオレンジ軍団と観戦していたとのことで、夜中に「Oyoyo!! Machijyu orange ya---!!!」とショートメールが届いてましたが、
爆睡してました。
スペインに住む従妹からは特に何もなかったですが、
選手たちが凱旋帰国したので、これまた大変なことになっていると思います。
そのうち、ヨーロッパ組の従姉妹会が開催されることでしょう。私も合流したいな。
さて、その姉も日本にいるときは、英語の教室をしていて、小学生から高校生まで何人もに英語を教えてました。
今もオランダで日本企業の駐在員さんの子どもさんとかに
家まで教えに行ったりしているようです。
妹の私も、2005年4月1日からこども英会話のホームティーチャーをしていて、9人の生徒さんの
お家を回ってました。
今の仕事に就くため、生徒さんに迷惑がかかると思って、2007年3月でレッスンを終わりましたが、当時のホームページのダイアリーに、初レッスンの日のことを記してました。(その記事だけをリンクできないので以下にコピペしました)
**********
2005/4/1
新年度がスタートした!そして、今日が初レッスンだった。
生徒さんのお家に行って英語を教えるというホームチューターというものなのだが、ピンポーン♪とインターホンを押しても応答がない。
もしや家を間違ったのでは?と駐車場に戻ると「英語のせんせ〜〜〜い!」という可愛い元気な声が・・・。
保育園から急いで帰ってきてくれたのだ。
すると、いきなり手をつないでくれて一緒にお家まで案内してくれた。「僕、英語のせんせい大好き!」、まだ2回しか会ってないのに、そんな可愛いことを言ってくれるなんて・・・。
最初のレッスンなのに、ついつい、わがままを聞きすぎたかもしれないな〜と、ちょっと反省。
可愛い子どもには弱いのだ・・・(^^;
来週、私が行くのを楽しみにしていてくれるかなぁ〜?
***********
この日記の男の子は今9歳。
同じまちに住んでいるが、ここ2年ほど出会ってなかったので、
家の近くを通るたびに、「SOUちゃん大きくなってるやろなぁ〜」と思っていた矢先、日曜日にお肉やさんでバッタリ
お母さんのおつかいで、お父さんと妹とでお肉を買いに来てました。
私はお店に入ってからしか気がつかなかったのですが、SOUちゃんは、お店の前に停めてあった私の車
を見て、「あっ、YOSHIKOせんせいや~」って、気がついていたそうです。
「
赤い車=YOSHIKOせんせい」というイメージがインプットされているようです
背が高くなって、すっかりお兄ちゃんらしくなって、でも、照れ屋さんで、ちょっぴり強がった様子は全然変っていません
そして、可愛く、とても優しい気持ちも変っていません
今も、その姿を思い出すだけで顔が
ニヤけてきますが、ホントに久しぶりに出会えて嬉しかった~
一緒にいた私の娘も、「めっちゃ可愛いな~」とニコニコ
ホント、SOUちゃんの気持ちが可愛いんです
お店を出て、お父さんの
車に乗らなければいけないのに、コロッケの入った袋を持って、立ち止まって、「バイバ~~イ!SEE YOU!」って車から手を振る私を私の車
が見えなくなるぐらいまで
見送ってくれているんです
その姿が、とっても可愛く、目に焼きついています
2007年の3月23日のダイアリーにも、SOUちゃんの優しさを綴っています。
いろんなことを一番たくさん吸収する3歳~5歳という幼児期に、YOSHIKOせんせいが与えてしまった影響は大きいようです。
どうか、英語を嫌いにならないで、いろんなことに興味を持って、広い視野をもった青年に成長してくれることを願っています。
でも、
赤い車を見て、「YOSHIKOせんせいや~」って喜んでくれるSOUちゃんのような可愛い子もいれば、
赤い車を見ると「A●●NAのオカンや~」と、恐怖を感じ、トラウマになっている子もいるようです
実は、私の
赤い車がトラウマになるほど影響を与えてしまったのは、娘の高校時代の元カレ。
一度、夜遅くまで娘を連れまわしていた(?)ので、「アンタなぁ~、うちの1人娘をこんな時間まで連れまわして何考えてんの?」と、暗がりで怒ったことがあったんです。
今思えば、たいして遅い時間でもなく、娘自身が毅然として、早く帰ると言えば良かっただけのことで、恋に片方だけが悪者になることなんてないんですけどね
まっ、その時はホント心配したし、激怒しました
なので、その元カレは今も
赤い車を見ると私だと思い、ドキッとするそうです。
かわいそ~~~
またその子のバイトしてるお店にも食べに行こうと思ってるし、今になったら笑い話ですけどね。
ということで、2回目の車検が済んだばかり私の
赤い車には、可愛いエピソードと苦いエピソードがあります・・・。
「今日は
赤い車があるから、YOSHIKOさんがいるやろな~と思って寄った」とか「
赤い車ないから寄らなかった」など、私の代わりとなって存在をアピールしくれています。
車に感謝。

オランダに住む姉はロッテのセントラムでたくさんのオレンジ軍団と観戦していたとのことで、夜中に「Oyoyo!! Machijyu orange ya---!!!」とショートメールが届いてましたが、



そのうち、ヨーロッパ組の従姉妹会が開催されることでしょう。私も合流したいな。
さて、その姉も日本にいるときは、英語の教室をしていて、小学生から高校生まで何人もに英語を教えてました。
今もオランダで日本企業の駐在員さんの子どもさんとかに

妹の私も、2005年4月1日からこども英会話のホームティーチャーをしていて、9人の生徒さんの

今の仕事に就くため、生徒さんに迷惑がかかると思って、2007年3月でレッスンを終わりましたが、当時のホームページのダイアリーに、初レッスンの日のことを記してました。(その記事だけをリンクできないので以下にコピペしました)
**********
2005/4/1
新年度がスタートした!そして、今日が初レッスンだった。
生徒さんのお家に行って英語を教えるというホームチューターというものなのだが、ピンポーン♪とインターホンを押しても応答がない。
もしや家を間違ったのでは?と駐車場に戻ると「英語のせんせ〜〜〜い!」という可愛い元気な声が・・・。
保育園から急いで帰ってきてくれたのだ。
すると、いきなり手をつないでくれて一緒にお家まで案内してくれた。「僕、英語のせんせい大好き!」、まだ2回しか会ってないのに、そんな可愛いことを言ってくれるなんて・・・。
最初のレッスンなのに、ついつい、わがままを聞きすぎたかもしれないな〜と、ちょっと反省。
可愛い子どもには弱いのだ・・・(^^;
来週、私が行くのを楽しみにしていてくれるかなぁ〜?
***********
この日記の男の子は今9歳。
同じまちに住んでいるが、ここ2年ほど出会ってなかったので、


お母さんのおつかいで、お父さんと妹とでお肉を買いに来てました。
私はお店に入ってからしか気がつかなかったのですが、SOUちゃんは、お店の前に停めてあった私の車

「


背が高くなって、すっかりお兄ちゃんらしくなって、でも、照れ屋さんで、ちょっぴり強がった様子は全然変っていません

そして、可愛く、とても優しい気持ちも変っていません

今も、その姿を思い出すだけで顔が


一緒にいた私の娘も、「めっちゃ可愛いな~」とニコニコ

ホント、SOUちゃんの気持ちが可愛いんです

お店を出て、お父さんの




その姿が、とっても可愛く、目に焼きついています

2007年の3月23日のダイアリーにも、SOUちゃんの優しさを綴っています。
いろんなことを一番たくさん吸収する3歳~5歳という幼児期に、YOSHIKOせんせいが与えてしまった影響は大きいようです。
どうか、英語を嫌いにならないで、いろんなことに興味を持って、広い視野をもった青年に成長してくれることを願っています。
でも、



実は、私の

一度、夜遅くまで娘を連れまわしていた(?)ので、「アンタなぁ~、うちの1人娘をこんな時間まで連れまわして何考えてんの?」と、暗がりで怒ったことがあったんです。
今思えば、たいして遅い時間でもなく、娘自身が毅然として、早く帰ると言えば良かっただけのことで、恋に片方だけが悪者になることなんてないんですけどね

まっ、その時はホント心配したし、激怒しました

なので、その元カレは今も

かわいそ~~~

またその子のバイトしてるお店にも食べに行こうと思ってるし、今になったら笑い話ですけどね。
ということで、2回目の車検が済んだばかり私の

「今日は



2009年03月18日
ライブドアブログにジャンプ!「子ども英語」編
2005年の4月から、子ども英会話のホームティーチャー(家庭教師)をしていました。
でも、その会社に登録してしばらくすると会社が倒産
突然、解雇通知がきました
その後、個人での契約に切り替えて9人の可愛い子どもたちに英語を教えていた頃のエピソードなどが少し・・・・。
※ライブドアブログの「子ども英会話」のカテゴリー記事にジャンプします。
でも、その会社に登録してしばらくすると会社が倒産


その後、個人での契約に切り替えて9人の可愛い子どもたちに英語を教えていた頃のエピソードなどが少し・・・・。
※ライブドアブログの「子ども英会話」のカテゴリー記事にジャンプします。