
2014年01月01日
明けましておめでとうございます。
新しい年の幕開け、皆さまいかがお過ごしでしたでしょうか?
司会者として、国際交流協会の事務局長として、そして、餃子屋の女将として、昨年はとても忙しくさせていただいておりました。
司会のお声をかけていただいた皆さま、国際交流イベント等にご協力いただきました皆さま、「忍者餃子」をお召し上がりいただきました皆さま、お世話になりありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
さて、プロフィールを変更しないといけませんが、司会者として初めてマイクを持った日から、かれこれ30年になろうとしています。
「30年」って、結構な年月ですよね。
そして、国際交流のボランティアや事務局のお仕事をさせていただくようになって17年になります。
恐らく、司会や国際交流活動は、お仕事であれボランティアであれ、なんらかの形で自分のライフワークとして一生続けていく活動になると思います。
また、餃子のほうは今年で3年目となり、まだまだこれからではありますが、元々実家が中華料理屋で、22歳からお店を手伝い、調理もしておりましたので、いわば、餃子は「原点」でもあります。
14年前に閉店しましたが、13年間ほど中華料理を作っていたことになり、今も時々、当時のメニューを作ったりしています。
よく、迷ったら、「原点に戻れ」と言います。
現状で行くか、原点にかえるか、2014年は一度じっくり考えてみたいと思います。
何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。
なお、新年初の司会は1月9日に行われる山中慎介選手によるe-taxのPRイベントのトークショーの司会です。
減量の秘訣も聞いてみます(^^)
司会者として、国際交流協会の事務局長として、そして、餃子屋の女将として、昨年はとても忙しくさせていただいておりました。
司会のお声をかけていただいた皆さま、国際交流イベント等にご協力いただきました皆さま、「忍者餃子」をお召し上がりいただきました皆さま、お世話になりありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
さて、プロフィールを変更しないといけませんが、司会者として初めてマイクを持った日から、かれこれ30年になろうとしています。
「30年」って、結構な年月ですよね。
そして、国際交流のボランティアや事務局のお仕事をさせていただくようになって17年になります。
恐らく、司会や国際交流活動は、お仕事であれボランティアであれ、なんらかの形で自分のライフワークとして一生続けていく活動になると思います。
また、餃子のほうは今年で3年目となり、まだまだこれからではありますが、元々実家が中華料理屋で、22歳からお店を手伝い、調理もしておりましたので、いわば、餃子は「原点」でもあります。
14年前に閉店しましたが、13年間ほど中華料理を作っていたことになり、今も時々、当時のメニューを作ったりしています。
よく、迷ったら、「原点に戻れ」と言います。
現状で行くか、原点にかえるか、2014年は一度じっくり考えてみたいと思います。
何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。
なお、新年初の司会は1月9日に行われる山中慎介選手によるe-taxのPRイベントのトークショーの司会です。
減量の秘訣も聞いてみます(^^)
2013年11月15日
久々の投稿・・・東京郊外より・・・
あまりにも忙しく、長らく更新をしておりませんでした(^^;
9月には、滋賀うまいもんグランプリへの出店があり、おかげさまで忍者餃子がグランプリをいただきました。

そして10月初めには、姉妹都市の韓国・利川市へ訪韓。

帰って、甲南のある地区の秋まつりの司会。
そのあと、アメリカミシガン州より、姉妹都市の方7人が甲賀市に来られ、いろいろ「お・も・て・な・し・・・OMOTENASHI」。

そして、企業さんの創業50周年記念式典および祝賀会の司会。とても豪華なセレモニー&パーティーでした。

次の日は、どじゃぶりの雨の中、地元の作業所の秋まつりの司会。
後半には、商工祭りにも忍者餃子を出店させていただき、甲賀の美味いもんグルメコンテストで第1位に。

つづいて、長浜で行われた、全国外国人集住都市会議に2日間出席。
もちろん、これらの間には、会議や打ち合わせ等々もありました。
11月。
利川訪問の反省会。
お隣、伊賀忍者発祥の地に甲賀流忍者餃子が挑戦状を持って出店。完売しました。
平日には、地元の高校生23人が総合学習の一環で国際交流協会に来られて学習され、いろいろお話。
そして、その土曜日には全国伝統花火サミット。寒い中、12の伝統花火保存会の皆さんが甲賀市に集結され、素晴らしい伝統花火の数々を披露してくださいました。
その翌日は、地区別懇談会で「ともに生きる」をテーマに講演。
翌週はローターアクトクラブさんで国際交流と多文化共生についての学習会。
その次の日、20年近く司会をさせていただいてる納税表彰式の司会。
で、今週末は、大学のスクーリングで東京へ・・・・・。
来週は、行政職員研修でパネリストとしてお話し。
23日は、福祉大会の司会。
26日は、某市での審査会。
またまた11月も会議や打ち合わせがいっぱい入っていて、全然落ち着ける間がない・・・。
そして、12月には国際交流フェスタ。
これが終われば、ようやく忙しさはマシになるでしょうか・・・・・・・・・・・。
忙しすぎて、ランチもゆっくり行けない・・・。 なんとかせねば・・・・。
9月には、滋賀うまいもんグランプリへの出店があり、おかげさまで忍者餃子がグランプリをいただきました。

そして10月初めには、姉妹都市の韓国・利川市へ訪韓。

帰って、甲南のある地区の秋まつりの司会。
そのあと、アメリカミシガン州より、姉妹都市の方7人が甲賀市に来られ、いろいろ「お・も・て・な・し・・・OMOTENASHI」。

そして、企業さんの創業50周年記念式典および祝賀会の司会。とても豪華なセレモニー&パーティーでした。

次の日は、どじゃぶりの雨の中、地元の作業所の秋まつりの司会。
後半には、商工祭りにも忍者餃子を出店させていただき、甲賀の美味いもんグルメコンテストで第1位に。

つづいて、長浜で行われた、全国外国人集住都市会議に2日間出席。
もちろん、これらの間には、会議や打ち合わせ等々もありました。
11月。
利川訪問の反省会。
お隣、伊賀忍者発祥の地に甲賀流忍者餃子が挑戦状を持って出店。完売しました。
平日には、地元の高校生23人が総合学習の一環で国際交流協会に来られて学習され、いろいろお話。
そして、その土曜日には全国伝統花火サミット。寒い中、12の伝統花火保存会の皆さんが甲賀市に集結され、素晴らしい伝統花火の数々を披露してくださいました。
その翌日は、地区別懇談会で「ともに生きる」をテーマに講演。
翌週はローターアクトクラブさんで国際交流と多文化共生についての学習会。
その次の日、20年近く司会をさせていただいてる納税表彰式の司会。
で、今週末は、大学のスクーリングで東京へ・・・・・。
来週は、行政職員研修でパネリストとしてお話し。
23日は、福祉大会の司会。
26日は、某市での審査会。
またまた11月も会議や打ち合わせがいっぱい入っていて、全然落ち着ける間がない・・・。
そして、12月には国際交流フェスタ。
これが終われば、ようやく忙しさはマシになるでしょうか・・・・・・・・・・・。
忙しすぎて、ランチもゆっくり行けない・・・。 なんとかせねば・・・・。
2013年01月18日
あの日から18年、あれから1か月・・・。
18年前のあの日の朝、ここ滋賀でも大きな揺れを感じ、思わず、寝ている娘の上に覆いかぶさったのを覚えている。
ニュースで鎮魂の炎が灯されている映像を見て、「みんな乗り越えてきはったんや・・・」と、涙があふれた。
そして、2年前のあの日、大きな被害を受け、大切な家族を失った方も神戸にかけつけておられた。
なかなか悲しみが癒えない方もおられるだろう。当然だ。
どれだけ時間が経とうとも、戻らない数々の大切なもの・・・。
それが、写真であったり、人であったり、ペットであったり・・・。
我が家は昨年末に15年一緒にいた愛犬「ダン」が他界した。
震災で失われた状況と一緒にはできないが、「乗り越えた」人たちをテレビで見て、愛犬を失った悲しい気持ちを切り替え、もう悲しむのはやめようと思った。
先週放送された「鉄腕ダッシュ」。
その中で、山口達也さんの愛犬「じゅのん」の最期の様子が映った。
もうそろそろ立ち直れるかな・・・と思っていたところにその映像をみてしまったので、亡くなった愛犬「ダン」と重なってしまった・・・・。
歯も生え変わり、大きくなってしまっていた黒ラブはホームセンターの裏で売れ残っていた。
ショーウィンドーにはまだまだ小さく可愛い子犬がいろいろいたが、その売れ残りの黒ラブを見た瞬間、「僕を連れて帰って~~~~」という声が聞こえた!
そして、クレジットカードの翌月1回払いで買って連れて帰った。
その日から、娘の新しい友達になり、家族になった。
至れり尽くせり、超過保護犬だった。
大事に大事にしてきた。
特に旦那のほうが散歩を楽しみにしていた。
でも、15年も生き、日に日に弱ってきているのをここ1年ほどは感じていた。
そして、ここ数か月はヨタヨタで散歩もままならず、介護が必要だった。
でも私は7月から母の介護や日常のお世話もあり、実家に泊まり込んでいたので、あまりダンの世話はできなかった。
旦那が献身的にダンの世話をしてくれていた。
娘もいろいろ世話をしてくれた。
でも、そのダンのことで旦那と娘の間で喧嘩もあったという。ダンを大事に思うがゆえに・・・。
それを聞くたびに私は心苦しかった。
私は母のことを看てあげたかったし、心配だったし、なかなか家に帰れなかった。
12月中旬、母も回復してきたので、ボチボチ私もクリスマスには自宅に戻り、ダンの世話をするつもりでいた。
それから数日後、娘から「ダンが変な鳴き方しよる・・・。」と電話。
何が言いたかったのだろう。どこか痛かったのだろうか?
そしてそれから2日後の12月22日・・・。
私は、11月に亡くなったおばあちゃんの四十九日の法要に母と一緒に行き、それが終わったら、ダンの世話に帰るつもりだった。
すると、法要に出かける前に、娘から「ダンが死んだ」という電話が入った。
私は、すぐにでも帰りたかった。でも、法要を済ませないと帰れないので、それが終わるまでダンをそのままにしておいてほしいと旦那に頼んだ。
でも、でも、
私が帰る前に、旦那と娘の手で、綿向山の麓にあるうちの畑に埋葬された。
ダンの最期の顔をみることはできなかった。
私の部屋の前の廊下で死んでいたという。
優しい優しい顔をして・・・。
最後に私の姿を探しに来たのだろうか。
悲しくて、悲しくて、おばあちゃんの四十九日の法要の間も、泣けてきて泣けてきて、ダンの最期を看られなかったことへの後悔やなぜもう少し埋葬するのを待ってくれなかったのかという怒りや、いろいろな感情がこみあげてきた。
でも、最後の姿を見てなかったから、救われたのかもしれない。きっと、顔を見て、埋葬するところを見ていたら、もっともっと脳裏にこびりついて立ち直れないと思う。
そして、もし、介護が必要な状態が続いていたら、家事、仕事、母のこと、餃子づくりで、水口と日野を何度も行ったりきたりしている私が「僕の介護」で疲れるだろうと、ダン自身が察知したのかもしれないと思った。
そして、「僕のことで家族が喧嘩しないで」、「迷惑かけたくない」とダンが思ったのかな。
そんなことを考えてくれたのだと私は信じている。
ダン、ありがとう。
友達が、私が泣いてたら、天国のダンちゃんも悲しむよ・・・って励ましてくれた。
そうだね。笑ってないとね。
阪神淡路大震災から18年。
東日本大震災から2年。
そして、ダンの死から1か月・・・。
今日、1.17を機会に乗り越えよう。
ダン、ありがとう。
ニュースで鎮魂の炎が灯されている映像を見て、「みんな乗り越えてきはったんや・・・」と、涙があふれた。
そして、2年前のあの日、大きな被害を受け、大切な家族を失った方も神戸にかけつけておられた。
なかなか悲しみが癒えない方もおられるだろう。当然だ。
どれだけ時間が経とうとも、戻らない数々の大切なもの・・・。
それが、写真であったり、人であったり、ペットであったり・・・。
我が家は昨年末に15年一緒にいた愛犬「ダン」が他界した。
震災で失われた状況と一緒にはできないが、「乗り越えた」人たちをテレビで見て、愛犬を失った悲しい気持ちを切り替え、もう悲しむのはやめようと思った。
先週放送された「鉄腕ダッシュ」。
その中で、山口達也さんの愛犬「じゅのん」の最期の様子が映った。
もうそろそろ立ち直れるかな・・・と思っていたところにその映像をみてしまったので、亡くなった愛犬「ダン」と重なってしまった・・・・。
歯も生え変わり、大きくなってしまっていた黒ラブはホームセンターの裏で売れ残っていた。
ショーウィンドーにはまだまだ小さく可愛い子犬がいろいろいたが、その売れ残りの黒ラブを見た瞬間、「僕を連れて帰って~~~~」という声が聞こえた!
そして、クレジットカードの翌月1回払いで買って連れて帰った。
その日から、娘の新しい友達になり、家族になった。
至れり尽くせり、超過保護犬だった。
大事に大事にしてきた。
特に旦那のほうが散歩を楽しみにしていた。
でも、15年も生き、日に日に弱ってきているのをここ1年ほどは感じていた。
そして、ここ数か月はヨタヨタで散歩もままならず、介護が必要だった。
でも私は7月から母の介護や日常のお世話もあり、実家に泊まり込んでいたので、あまりダンの世話はできなかった。
旦那が献身的にダンの世話をしてくれていた。
娘もいろいろ世話をしてくれた。
でも、そのダンのことで旦那と娘の間で喧嘩もあったという。ダンを大事に思うがゆえに・・・。
それを聞くたびに私は心苦しかった。
私は母のことを看てあげたかったし、心配だったし、なかなか家に帰れなかった。
12月中旬、母も回復してきたので、ボチボチ私もクリスマスには自宅に戻り、ダンの世話をするつもりでいた。
それから数日後、娘から「ダンが変な鳴き方しよる・・・。」と電話。
何が言いたかったのだろう。どこか痛かったのだろうか?
そしてそれから2日後の12月22日・・・。
私は、11月に亡くなったおばあちゃんの四十九日の法要に母と一緒に行き、それが終わったら、ダンの世話に帰るつもりだった。
すると、法要に出かける前に、娘から「ダンが死んだ」という電話が入った。
私は、すぐにでも帰りたかった。でも、法要を済ませないと帰れないので、それが終わるまでダンをそのままにしておいてほしいと旦那に頼んだ。
でも、でも、
私が帰る前に、旦那と娘の手で、綿向山の麓にあるうちの畑に埋葬された。
ダンの最期の顔をみることはできなかった。
私の部屋の前の廊下で死んでいたという。
優しい優しい顔をして・・・。
最後に私の姿を探しに来たのだろうか。
悲しくて、悲しくて、おばあちゃんの四十九日の法要の間も、泣けてきて泣けてきて、ダンの最期を看られなかったことへの後悔やなぜもう少し埋葬するのを待ってくれなかったのかという怒りや、いろいろな感情がこみあげてきた。
でも、最後の姿を見てなかったから、救われたのかもしれない。きっと、顔を見て、埋葬するところを見ていたら、もっともっと脳裏にこびりついて立ち直れないと思う。
そして、もし、介護が必要な状態が続いていたら、家事、仕事、母のこと、餃子づくりで、水口と日野を何度も行ったりきたりしている私が「僕の介護」で疲れるだろうと、ダン自身が察知したのかもしれないと思った。
そして、「僕のことで家族が喧嘩しないで」、「迷惑かけたくない」とダンが思ったのかな。
そんなことを考えてくれたのだと私は信じている。
ダン、ありがとう。
友達が、私が泣いてたら、天国のダンちゃんも悲しむよ・・・って励ましてくれた。
そうだね。笑ってないとね。
阪神淡路大震災から18年。
東日本大震災から2年。
そして、ダンの死から1か月・・・。
今日、1.17を機会に乗り越えよう。
ダン、ありがとう。

2013年01月03日
本年もよろしくお願いいたします
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
昨年の辰年は年女だったからでしょうか、本当にいろんなことがありました。
まずは、忍者餃子の新名神甲南PAフードコートでのメニュー化。
おかげさまで、このお正月も昨日から餃子を作っています。
プライベートでは、夏の初めから母の介護や入院、そして、別れや出会いの繰り返しだったような一年だったと思います。
大切な人や知人が何人も亡くなりましたが、新しい命の芽生えや誕生もありました。
(年末に愛犬のダンが15歳で亡くなりました)
お仕事では、国際交流も司会も、たくさんの方々のお力添えをいただき、多くの方との出会いがありました。
お世話になった皆さまお一人お一人に年賀状で御礼とごあいさつを申し上げないといけないのですが、おばあちゃんが亡くなったこともあり、失礼しています。早々より年賀状をいただきました皆さま、すみません。
今年は巳年。
再生や復活の年です。
気持ちも新たに、喜多八の餃子の復活と若さと体型の再生を目指します!
本年もよろしくお願い申し上げます。
昨年の辰年は年女だったからでしょうか、本当にいろんなことがありました。
まずは、忍者餃子の新名神甲南PAフードコートでのメニュー化。
おかげさまで、このお正月も昨日から餃子を作っています。
プライベートでは、夏の初めから母の介護や入院、そして、別れや出会いの繰り返しだったような一年だったと思います。
大切な人や知人が何人も亡くなりましたが、新しい命の芽生えや誕生もありました。
(年末に愛犬のダンが15歳で亡くなりました)
お仕事では、国際交流も司会も、たくさんの方々のお力添えをいただき、多くの方との出会いがありました。
お世話になった皆さまお一人お一人に年賀状で御礼とごあいさつを申し上げないといけないのですが、おばあちゃんが亡くなったこともあり、失礼しています。早々より年賀状をいただきました皆さま、すみません。
今年は巳年。
再生や復活の年です。
気持ちも新たに、喜多八の餃子の復活と若さと体型の再生を目指します!
2012年09月20日
もう秋ですね・・・。その後のこと。
気がつけばお彼岸・・・。
ススキやコスモスが風にゆれ、辺りはすっかり秋になり、7月初めには、まだまだ青々していた稲も刈取りの時期になっていました。
暑い暑い、早い早い夏でした。
実家にはネット環境がないので、なかなかブログの更新ができず、1か月ぶりの投稿となりますが、その後・・・のご報告だけさせていただきます。
おかげさまで、母は8月23日にペースメーカーの植え込み手術を受けることができ、9月1日に滋賀医大から退院してまいりました。
術後、退院後も、少し不整脈はあるものの前のような心配なものはなく、順調に回復しています。
しかし、まだ買い物に行けるわけでもなく、ホームヘルパーさんや配食サービス、介護用品のレンタルサービスなどを受けながら、自立支援をしていただいています。
前よりも一人で安心して暮らせるように・・・が目標で、手すりや段差解消のための工事もしていただく予定です。
ご心配いただきました皆様、ありがとうございます。
さあ、ボチボチ普通の生活に戻りますか・・・。
まだまだ母の傍に居たいけど・・・。
ススキやコスモスが風にゆれ、辺りはすっかり秋になり、7月初めには、まだまだ青々していた稲も刈取りの時期になっていました。
暑い暑い、早い早い夏でした。
実家にはネット環境がないので、なかなかブログの更新ができず、1か月ぶりの投稿となりますが、その後・・・のご報告だけさせていただきます。
おかげさまで、母は8月23日にペースメーカーの植え込み手術を受けることができ、9月1日に滋賀医大から退院してまいりました。
術後、退院後も、少し不整脈はあるものの前のような心配なものはなく、順調に回復しています。
しかし、まだ買い物に行けるわけでもなく、ホームヘルパーさんや配食サービス、介護用品のレンタルサービスなどを受けながら、自立支援をしていただいています。
前よりも一人で安心して暮らせるように・・・が目標で、手すりや段差解消のための工事もしていただく予定です。
ご心配いただきました皆様、ありがとうございます。
さあ、ボチボチ普通の生活に戻りますか・・・。
まだまだ母の傍に居たいけど・・・。
2012年05月20日
スイッチオフ!!
忙しい日々が続いています。
毎日、餃子づくりと納品に追われたゴールデンウィークが終わり、
8日は、韓国の姉妹都市からの中学生受け入れホストスチューデント・ファミリーの事前研修。
9日は、アメリカの姉妹都市2都市からの中学生受け入れホストスチューデント・ファミリーの最終の事前研修。
10日は、国際交流協会の会計監査。
11日から、アメリカ2都市から中学生17人と引率者5名が甲賀市に到着。午後7時半ごろからウェルカムセレモニー。
12日は、2人の引率の先生を囲んでの歓迎会に参加。(DeWitt Club主催)
13日は、一応オフでしたが、さあ、夕飯にしようと思ったところに、ホームシックか何かになっているアメリカの生徒がいて、号泣するとのことでホストマザーが心配されていると連絡が入り、関係者に電話したり、なんやかんやで完全オフにはならず。
14日は、忍者体験のため「忍術村」へ。
15日は、環境学習ということで水口テクノスとイチゴ園に随行。
16日は、一日早いお別れ会ということで、会場準備から後片付けまで。
17日は、信楽で絵付け体験と散策に随行。事務所に戻って一服する間もなく、翌日の理事会資料(総会の議案書の案)を作成。
18日は、早朝3時すぎに起きて、4時すぎに見送り場所に行き、中部国際空港から成田経由でアメリカへ帰る子どもと先生を見送り、一旦家に帰って少し寝て、10時の電車で南草津まで行って、午後には事務所に戻って、夜の理事会の資料準備。
夕方5時から三役会。7時から理事会。終わってから、情熱ホルモンへ。
19日は、朝から施設の大掃除と総会。
といった具合でした。
もちろん、通常の業務や総会にむけての準備もあり、本当に忙しかったのですが、でも、これは私一人が忙しかったわけではなく、関係する人たちもまた忙しかったわけで、決して一人で何もかも出来たわけではありません。
忍者体験の随行にも、ボランティアで通訳等のお手伝いをしてくださった方もおられますし、フェアウェルパーティーのカレーづくりもボランティアさんにしていただきましたし、理事会の資料の印刷や通常の業務などは事務局スタッフがしてくれましたし、協会の理事さんもフェアウェルの会場準備や後片付けもしてくださったし、仕事とはいえずっと通訳についていた職員さんもいるわけです。
いつも、いろいろな人に助けていただいてるのに、一人で「忙しい、忙しい」と言っていたらアカンのですが、来週の27日の総会が終わるまでは何とか気合入れて頑張りたいと思います。
明日は久しぶりに何もない完全オフです。
まずは、寝ます!
頭も体も心もすべてスイッチをオフにします!
毎日、餃子づくりと納品に追われたゴールデンウィークが終わり、
8日は、韓国の姉妹都市からの中学生受け入れホストスチューデント・ファミリーの事前研修。
9日は、アメリカの姉妹都市2都市からの中学生受け入れホストスチューデント・ファミリーの最終の事前研修。
10日は、国際交流協会の会計監査。
11日から、アメリカ2都市から中学生17人と引率者5名が甲賀市に到着。午後7時半ごろからウェルカムセレモニー。
12日は、2人の引率の先生を囲んでの歓迎会に参加。(DeWitt Club主催)
13日は、一応オフでしたが、さあ、夕飯にしようと思ったところに、ホームシックか何かになっているアメリカの生徒がいて、号泣するとのことでホストマザーが心配されていると連絡が入り、関係者に電話したり、なんやかんやで完全オフにはならず。
14日は、忍者体験のため「忍術村」へ。
15日は、環境学習ということで水口テクノスとイチゴ園に随行。
16日は、一日早いお別れ会ということで、会場準備から後片付けまで。
17日は、信楽で絵付け体験と散策に随行。事務所に戻って一服する間もなく、翌日の理事会資料(総会の議案書の案)を作成。
18日は、早朝3時すぎに起きて、4時すぎに見送り場所に行き、中部国際空港から成田経由でアメリカへ帰る子どもと先生を見送り、一旦家に帰って少し寝て、10時の電車で南草津まで行って、午後には事務所に戻って、夜の理事会の資料準備。
夕方5時から三役会。7時から理事会。終わってから、情熱ホルモンへ。
19日は、朝から施設の大掃除と総会。
といった具合でした。
もちろん、通常の業務や総会にむけての準備もあり、本当に忙しかったのですが、でも、これは私一人が忙しかったわけではなく、関係する人たちもまた忙しかったわけで、決して一人で何もかも出来たわけではありません。
忍者体験の随行にも、ボランティアで通訳等のお手伝いをしてくださった方もおられますし、フェアウェルパーティーのカレーづくりもボランティアさんにしていただきましたし、理事会の資料の印刷や通常の業務などは事務局スタッフがしてくれましたし、協会の理事さんもフェアウェルの会場準備や後片付けもしてくださったし、仕事とはいえずっと通訳についていた職員さんもいるわけです。
いつも、いろいろな人に助けていただいてるのに、一人で「忙しい、忙しい」と言っていたらアカンのですが、来週の27日の総会が終わるまでは何とか気合入れて頑張りたいと思います。
明日は久しぶりに何もない完全オフです。
まずは、寝ます!
頭も体も心もすべてスイッチをオフにします!
タグ :オフ
2011年12月30日
2011年を振り返る!?
2011年も今日と明日になりました。
28日に今年の仕事を納め、
新年を迎える準備をしています。
(プリンターの調子が悪く、
年賀状がまだできてないのですが・・・・(^^;)
さて、2011年、私自身のことを振り返ると今年は特に忙しかったように思います。
1年が本当に「あっ」という間でした
そして、その忙しかったことのほとんどのことが私一人ではできなかったことで、本当に多くの方々に助けていただきました。
お世話になりました皆様ありがとうございましたm(__)m
国際交流、司会、趣味の餃子づくり・・・・。
もちろん、一人の主婦として、母としての役目もあります。(嫁の役目は果たしてません(^^;)
特に協会のほうは、役員の皆さんや会員の皆さん、市民の皆さんのご協力とご支援なしには出来ないことばかりで、「感謝
」の一言につきます。
また、何度もブログに記していますが、今年も事務局には毎日たくさんの方が訪問してくださいました。
時には、ドアのところで順番待ちのように、先に来られている方が帰られるのを待ってくださっている方もおられました。
場所的にも分かりやすく、立ち寄っていただきやすいところでもありますし、何より、スタッフ皆が来てくださる方を大事にしてくれます。
そして、「いつもご苦労さんやな~」と、「
ええもん」を差し入れしてくださる方も多く、10月からスタッフとして働いてくれている新人さんも、この3か月で「怖くて体重計に乗れなくなった」と言っているほどです。
人が訪ねてくださること・・・これって本当に有難いことです。
そんな毎日の感謝を記していこうということで、「
ありがとうノート
」をつくりました。
誰も訪ねて来られない日はないですし、日によっては、朝から
たい焼きの差し入れ、午後から
どこかの国のお土産、午後から
でっちようかんを頂戴することもあります。
私たちの顔を思い浮かべながら、
たい焼きが焼けるのを待ってくださっているお姿などを想像するだけで嬉しいですよね
「
ありがとうノート
」は、もうひとつの業務日誌でもあります。
これからも記していきたいと思いますが、どうぞ皆様、「
手ぶら」でお越しくださいませ
司会のお仕事については、今年も「地域密着型!?の司会者」として、いろいろお声をかけていただきました。
「Yoshikoさんに司会してもらって会が引き締まった」、「臨機応変に塩梅言うてくれてよかったわ」などなど、有難いお言葉もいただきました。
ありがとうございました。
中でも、あの東日本大震災発生1週間後に開催された「こどもワールドフェスティバル」の司会は、私のこれまでの司会経験を試されているかのようでした。
そして、そして、
9月に行われた「忍者飯グランプリ」で「BBCびわこ放送特別賞」を受賞した「忍者餃子」については、現在、様々な課題や問題をクリアしようとアレコレ考えているところで、来年の2月中旬以降を目標に、いろいろな方々にご支援、ご助言いただきながら、ちょっとだけ前進させたいと思っています
何足もの「わらじ」を履いての1年でしたが、本年中に賜りました皆様からのご支援・ご協力に心より感謝申し上げますとともに、
来る2012年が皆様にとって良い1年でありますようお祈り申し上げ、今年のブログを納めさせていただきたいと思います。
また来年もよろしくお願いいたします。
28日に今年の仕事を納め、

(プリンターの調子が悪く、

さて、2011年、私自身のことを振り返ると今年は特に忙しかったように思います。
1年が本当に「あっ」という間でした

そして、その忙しかったことのほとんどのことが私一人ではできなかったことで、本当に多くの方々に助けていただきました。
お世話になりました皆様ありがとうございましたm(__)m
国際交流、司会、趣味の餃子づくり・・・・。
もちろん、一人の主婦として、母としての役目もあります。(嫁の役目は果たしてません(^^;)
特に協会のほうは、役員の皆さんや会員の皆さん、市民の皆さんのご協力とご支援なしには出来ないことばかりで、「感謝

また、何度もブログに記していますが、今年も事務局には毎日たくさんの方が訪問してくださいました。
時には、ドアのところで順番待ちのように、先に来られている方が帰られるのを待ってくださっている方もおられました。
場所的にも分かりやすく、立ち寄っていただきやすいところでもありますし、何より、スタッフ皆が来てくださる方を大事にしてくれます。
そして、「いつもご苦労さんやな~」と、「

人が訪ねてくださること・・・これって本当に有難いことです。
そんな毎日の感謝を記していこうということで、「


誰も訪ねて来られない日はないですし、日によっては、朝から



私たちの顔を思い浮かべながら、


「


これからも記していきたいと思いますが、どうぞ皆様、「


司会のお仕事については、今年も「地域密着型!?の司会者」として、いろいろお声をかけていただきました。
「Yoshikoさんに司会してもらって会が引き締まった」、「臨機応変に塩梅言うてくれてよかったわ」などなど、有難いお言葉もいただきました。
ありがとうございました。
中でも、あの東日本大震災発生1週間後に開催された「こどもワールドフェスティバル」の司会は、私のこれまでの司会経験を試されているかのようでした。
そして、そして、
9月に行われた「忍者飯グランプリ」で「BBCびわこ放送特別賞」を受賞した「忍者餃子」については、現在、様々な課題や問題をクリアしようとアレコレ考えているところで、来年の2月中旬以降を目標に、いろいろな方々にご支援、ご助言いただきながら、ちょっとだけ前進させたいと思っています

何足もの「わらじ」を履いての1年でしたが、本年中に賜りました皆様からのご支援・ご協力に心より感謝申し上げますとともに、

また来年もよろしくお願いいたします。
2011年11月16日
あ~忙し、あ~忙し・・・国際交流に。司会に。餃子は…?
そろそろ木々の葉が美しく色づいてきました。
ゆっくり紅葉をみて、ちょっとゆっくりほっこりしたいところですが、本当に忙しい日々が続いています。
国際交流のほうは、会議や事業が続いており、本日は6日間の滞在を終えたミシガンの訪問団員を見送りました。
少しホッとしましたが、お世話になったホストファミリーの方々は少しさみしい思いをされていることと思います。
12月11日に開催する国際交流フェスタの準備や打合せも大詰めです。
中学生交流の事前研修も始まります。
研修や三役会、高校の授業への協力等々、12月も多忙を極めそうです。
そして、私の生きがいでもある地域密着型の司会もアチコチいろいろお声をかけていただいています。
10月の商工まつりから、11月のニンニンフェア。
ピンチヒッターで司会したミシガンの歓迎会。
そして1年で最も緊張する納税表彰式の司会は本日無事に終わりました。

19日は地元での講演会の司会。
23日は福祉のつどいの司会。
27日は自治振興会のフェスタの司会。
12月3日は作業所さんが開発されたバームクーヘンのお披露目会の司会。
11日は国際交流フェスタの司会。
とにかく、毎週ぐらいのペースで司会があります。
そして、そして、忍者餃子ですが、まだ陽の目をみておらず、これから話が詰まっていくことになりそうです。
いろいろ課題も見えてきていますので、まずは、それらを改良する手立ても考えておかないといけません。
とある餃子の皮をつくっておられる会社に問い合わせをしましたが、結論は「無理」でした。
でも、ゆっくりお話しさせていただき、アドヴァイスや意見をお聞きすることができました。
大手の皮づくりメーカーさんでしたが、本当に「ええ人」がご対応くださいました。
組織やネームバリューやブランドではなく、関わってくださる「人」「心」の何物でもないと思います。
どうなるかわかりませんが、また会社に出向いていってご指導いただくことになるかもしれません。
餃子については、お友達から少しご注文いただいたぐらいで、まだまだこれからです。
ということで、.「あ~忙し、あ~忙し!」 心の余裕が欲しいです。
少し落ち着いたら、代休いただいてリフレッシュしよう。
どなたさまも、それぞれの立場で毎日頑張っておられますよね。
お疲れ様です・・・。
動けるときに、働けるときに、頑張りましょう!
ゆっくり紅葉をみて、ちょっとゆっくりほっこりしたいところですが、本当に忙しい日々が続いています。
国際交流のほうは、会議や事業が続いており、本日は6日間の滞在を終えたミシガンの訪問団員を見送りました。
少しホッとしましたが、お世話になったホストファミリーの方々は少しさみしい思いをされていることと思います。
12月11日に開催する国際交流フェスタの準備や打合せも大詰めです。
中学生交流の事前研修も始まります。
研修や三役会、高校の授業への協力等々、12月も多忙を極めそうです。
そして、私の生きがいでもある地域密着型の司会もアチコチいろいろお声をかけていただいています。
10月の商工まつりから、11月のニンニンフェア。
ピンチヒッターで司会したミシガンの歓迎会。
そして1年で最も緊張する納税表彰式の司会は本日無事に終わりました。

19日は地元での講演会の司会。
23日は福祉のつどいの司会。
27日は自治振興会のフェスタの司会。
12月3日は作業所さんが開発されたバームクーヘンのお披露目会の司会。
11日は国際交流フェスタの司会。
とにかく、毎週ぐらいのペースで司会があります。
そして、そして、忍者餃子ですが、まだ陽の目をみておらず、これから話が詰まっていくことになりそうです。
いろいろ課題も見えてきていますので、まずは、それらを改良する手立ても考えておかないといけません。
とある餃子の皮をつくっておられる会社に問い合わせをしましたが、結論は「無理」でした。
でも、ゆっくりお話しさせていただき、アドヴァイスや意見をお聞きすることができました。
大手の皮づくりメーカーさんでしたが、本当に「ええ人」がご対応くださいました。
組織やネームバリューやブランドではなく、関わってくださる「人」「心」の何物でもないと思います。
どうなるかわかりませんが、また会社に出向いていってご指導いただくことになるかもしれません。
餃子については、お友達から少しご注文いただいたぐらいで、まだまだこれからです。
ということで、.「あ~忙し、あ~忙し!」 心の余裕が欲しいです。
少し落ち着いたら、代休いただいてリフレッシュしよう。
どなたさまも、それぞれの立場で毎日頑張っておられますよね。
お疲れ様です・・・。
動けるときに、働けるときに、頑張りましょう!
2011年07月10日
隣町で違う「鹿」の発音・アクセント!?
また今日も暑いですね(>_<)
梅雨が明けた途端にこの暑さ、たまりません。
さて、昨日は奈良の「ならまち」に日帰り研修で行き、町屋を活用したまちづくりを視察しました。
まぁ、ホンマに暑かったです(>_<)
そして、まちなかの「まるす らぱん」というふらんす料理やさんでお昼をいただいた後、奈良公園へ行きました。
奈良に来るのは何年ぶりでしょうか。
もちろん、奈良といえば、鹿!

鹿せんべいを持っていると、立派な角を持った大きいのやら、まだまた小さい可愛いのまでいっぱい寄ってきて、着ていた服までかじられました(^_^;)
普段、自宅のまわりでも「カモシカ」を見ますが、それとは違い、やっぱり鹿は可愛いですね(*^^*)
帰りのバスの中でデジカメで撮影したのを見たら、なんか、鹿ばっかり写ってました(^^;





さて、そんな「鹿」ですが、皆さんはどう発音されますか?
「しか」?「シカ」?
歯医者さんの「しか」か、お葬式のときに身の濃い人がもつ紙花・死花・四華「シカ」か?って感じですが、日野の人は「↓し↑か」、甲賀の人は「↑し↓か」と言うのです。
わかるかなぁ?
この研修にも、生まれも育ちも日野の人と、生まれも育ちも甲賀の人かいたのですが、やはり、発音が違いました。
実は我が家でもそれは分かれていて、主人や娘は「か」が上がる「鹿」、私は「か」が下がる「鹿」と言います。
一応、標準語の「鹿」は「か」が上がるので、関西弁の「鹿」は「か」が下がるのが正しいと思っていますが、まっどうでもいいことです(^_^;)
一度だれかに聞いてみてください。「奈良公園にいる動物は何ていう?」って…。
梅雨が明けた途端にこの暑さ、たまりません。
さて、昨日は奈良の「ならまち」に日帰り研修で行き、町屋を活用したまちづくりを視察しました。
まぁ、ホンマに暑かったです(>_<)
そして、まちなかの「まるす らぱん」というふらんす料理やさんでお昼をいただいた後、奈良公園へ行きました。
奈良に来るのは何年ぶりでしょうか。
もちろん、奈良といえば、鹿!

鹿せんべいを持っていると、立派な角を持った大きいのやら、まだまた小さい可愛いのまでいっぱい寄ってきて、着ていた服までかじられました(^_^;)
普段、自宅のまわりでも「カモシカ」を見ますが、それとは違い、やっぱり鹿は可愛いですね(*^^*)
帰りのバスの中でデジカメで撮影したのを見たら、なんか、鹿ばっかり写ってました(^^;
さて、そんな「鹿」ですが、皆さんはどう発音されますか?
「しか」?「シカ」?
歯医者さんの「しか」か、お葬式のときに身の濃い人がもつ紙花・死花・四華「シカ」か?って感じですが、日野の人は「↓し↑か」、甲賀の人は「↑し↓か」と言うのです。
わかるかなぁ?
この研修にも、生まれも育ちも日野の人と、生まれも育ちも甲賀の人かいたのですが、やはり、発音が違いました。
実は我が家でもそれは分かれていて、主人や娘は「か」が上がる「鹿」、私は「か」が下がる「鹿」と言います。
一応、標準語の「鹿」は「か」が上がるので、関西弁の「鹿」は「か」が下がるのが正しいと思っていますが、まっどうでもいいことです(^_^;)
一度だれかに聞いてみてください。「奈良公園にいる動物は何ていう?」って…。
2011年05月07日
他人にはわからない心の休日!?
4月29日の祝日から5月8日までゴールデンウィーク休暇だった方も多いと思います。
お家でのんびり。アチコチお出かけ。いろいろ用事・・・・・。
人それぞれGWの過ごし方も違いますね。
一方、GWはずっとお仕事という方もおられることでしょう。
特に観光地のお店やサービス業の方はお忙しい日々を過ごされていることでしょう。
あと1日、がんばってくださいね。
さて、私もこのGWは6日に代休をいただいたので6連休となり、5~6日は飛騨高山へ出かけました。
久しぶりの気楽な旅行で、ストレス発散になりました。
人間誰でも休息は必要です。
心も身体も・・・・。
労働者としての権利でもあります。
でも、私の「心の休日」なんて他人にはわかりませんよね。関係者全員に「今日は心の休日です」と言っておかない限り・・・。
そして、これは私自身も気を付けていることですが、特に携帯に電話するときやメールするとき、自分が仕事だから相手も仕事の日だと思わないこと、自分が休みだから相手も休日だと思わないこと、自分が起きている時間だから相手も起きていると思わないこと、自分が食事終わったから相手も食事をしてない時間だと思わないこと・・・。
こうみえても、結構いろいろ気を遣っているんですよ・・・(^^;
勢いで電話することもありますが・・・(^^;
まっ、こんなことをアレコレ書いているよりも、「心の休日」というのは、いかに自分の気持ちを切り替えるか・・・が大切なんですが(^^;
ちょっと「ひとりごと」です。
さあ、連休最後の日、たまったレポートでも書きますか・・・。
お家でのんびり。アチコチお出かけ。いろいろ用事・・・・・。
人それぞれGWの過ごし方も違いますね。
一方、GWはずっとお仕事という方もおられることでしょう。
特に観光地のお店やサービス業の方はお忙しい日々を過ごされていることでしょう。
あと1日、がんばってくださいね。
さて、私もこのGWは6日に代休をいただいたので6連休となり、5~6日は飛騨高山へ出かけました。
久しぶりの気楽な旅行で、ストレス発散になりました。
人間誰でも休息は必要です。
心も身体も・・・・。
労働者としての権利でもあります。
でも、私の「心の休日」なんて他人にはわかりませんよね。関係者全員に「今日は心の休日です」と言っておかない限り・・・。
そして、これは私自身も気を付けていることですが、特に携帯に電話するときやメールするとき、自分が仕事だから相手も仕事の日だと思わないこと、自分が休みだから相手も休日だと思わないこと、自分が起きている時間だから相手も起きていると思わないこと、自分が食事終わったから相手も食事をしてない時間だと思わないこと・・・。
こうみえても、結構いろいろ気を遣っているんですよ・・・(^^;
勢いで電話することもありますが・・・(^^;
まっ、こんなことをアレコレ書いているよりも、「心の休日」というのは、いかに自分の気持ちを切り替えるか・・・が大切なんですが(^^;
ちょっと「ひとりごと」です。
さあ、連休最後の日、たまったレポートでも書きますか・・・。